昭和46年05月10日  月例祭



 10日は教祖生神金光大神叡聖(えいせい)の祭り日と仰せられます。教祖金光様が御在世の頃から、月の 10日と言う日を金光大神の叡聖の祭り日として、手厚くお祭りを仕えておられた。こう云う事は他の宗教史には見られないですね。御自身が、御自身の心をお祭りに成ると云うお祭り。ね。教祖生神金光大神の叡聖のお祭り、しかも、其の10日という日は当時の暦を見ますと、新と旧が同じ10日と云う連れのう日が、金光大神神上がりの日とも仰せられてあった。
 その、9月の10日と10月の10日が一つになった、その日に金光大神が神上がりましました訳であります。だから、その金光大神祭り日にしたのでは無くて、金光様御自身が、まだ御在世の頃から月の10日を金光大神叡聖の祭り日となさった。何と云う素晴らしい事であろうかと、自分で自分の心を拝まれる、何と云う素晴らしい、事であろうか。御道の教義と申しますと。
 その教祖金光大神が神様からお頼みを受けられまして、「世の中になんぼうも難儀な氏子あり取次助けてやってくれ」と云う神頼みがありまして、立てられましたのが御道の始まりである。 そう云う、神頼みの中から、教祖金光大神がただ、唯ひたすら、神様に御縋りなさりながら、生き方全体がそのまま、人間最高の生き方とでも申しましょうかね、いわゆる、神乍らな生き方をなさった。
 その神乍らの生き方、生きられ方そのものが御道の教義になって居るので御座います。「金光大神覚」又は「金光大神」がそれであります。ね。そういう生きられ方をなさりながら、御自身体験をなさり、神様から直接お受けに成られた、御教えが御道の教典に成っております。ですからその生神金光大神の生きられ方そのものの、根底をなすもの。ね。その根底をなすものが、私共が願いに願い、求めに求めて其処の所を願い求めていき、私共もその様に有らせて頂きたい。
 その様な生活をさせて頂きたいと云う、其処から人間の幸福があるんだと教祖様は仰しゃられた。私共その幸福を求めて、教祖金光大神の生きられ方を、自分の生活の上に、現して行こう、身に付けて行こうと云う、精進努力が御道の信心でいう修行なのであります。ですから、どうでも教祖金光大神の生きられ方、言うならば、我と我が心を拝めれる心を目指しての生活でなからなければならない。我が心が拝めれる心。
 その生神金光大神のいわゆる信心の根底にあるものは、「此の方の道は喜びで開けた道だから」と仰せられる喜びなのである、真なのである。神心なのである。実意丁寧神信心なのであります。私は金光大神の御生活の全ては、その様な言葉で表現できると思うのです。ね。実意丁寧神信心、真、神心。全ての事を喜びで受けて行くと云う姿勢。そう云う、姿勢が私共生活全体の上に自分のものに成って行くと云う楽しみ。
 御道の信心の楽しみと云うのは、おかげが伸びて行くのが楽しいのではない。自分自身が一歩でも教祖金光大神に近づかせて頂くと云うその事が楽しいのである。いわゆる、我が心が拝みたい心なのである。是れは、まあ、私は寝ても覚めても思う事なんですけれども、今思うておる事、今行のうておる事、に過ちはないかそれを思わせて頂くとですね、今思うておる事に対して、お礼を申し上げらせて貰わなければ居られない事が、その事を通して、その周辺に多い事に驚きますね。
 寝ておりましても便所に行って居りましても、お風呂に入って居りましても同んなし事が言える。私は今日ふとふと、お風呂の中でそんな事を自分の中で、ごしごし洗いながら思うた。ごしごし洗いながら自分は今どんな事を思うておるかと思うて見た。そしたらお礼を申し上げなければならない、お礼をもうしあげれば居られない事を心の中に思うておった。今日丁度午後の奉仕をさせて頂いておる時に、あの高芝さんの所の娘ですね。今熊谷さんと言われます。
 毎日子供を連れてお参りをしてまいります。先生ここ何日か恵子ちゃんが秘結を致します。もうそれはひどい秘結で有ります。どうぞおかげを頂きます様にと云うて自分はテープで御理解を頂いて居りました。私はなんとはなしに便所に行きたく成りましたから、立って便所にやらせて頂いたら、私もやっぱり秘結をして居った。気が付かなかった。いわゆる、便所にやらせてもらいながら、私の心の中には自分が秘結をしておる事を、よりも恵子さんを今御取次をさせてもらったばっかりの恵子さんさんの事。
 小さいまだ誕生前の赤ちゃんですけれども、事を一生懸命お願いしよってから、思わず涙がこぼれた。まあそこに、人より小さい子供が秘結で苦しんでおる。あんまりひどいから肛門がきれてとても痛がる。そんなにひどい。それで私はあの、でらせて頂いて、此処に座らせて頂きましたら、御理解頂きよってから、此処へまた参いりましたから、俊子(としこ)さん、こうだった。ね。
 所謂私もそのような気持ちで云うなら、お願いをしておる。だから母親というあなたも、やはりお願いしなければいけないがです。ならどの様な心の状態で願わなければいけないか。ね。それこそ自分で自分の心が拝みたい様な心を求め続けての願いでなからなければいけない。ね。俊子(としこ)さん子供の為にあんた方が、参って拝んでお願して御取次を頂いて居ると云うレベルを行きよるから、あなたも少しは、修行させて頂いておかげ頂かなきゃいけん。丁度昨日もその時間にお参りして来て居った。
 日田の方からお父さんとこう一緒になる。私丁度その時にある教会の総代さんが昨日は終日此処でお参りをして、此処で御理解を昨日は日曜日でしたから、ずっとお参りを続いておった。そのお参りに来た人達の御理解を此処で座って一生懸命頂く。また他の御信者さん方が其処でテープを、朝の御理解を頂かれると、自分も其処へ行って又御理解を頂く、ちょうど5偏御理解を頂きました。
 丁度夕方の五時頃までおかげを頂いておった。その方とちょうど表で一緒に成っておる。それで「高芝さん此の方は、あちらの方へお帰りになる方だから、どうぞあんたがこれを乗せていって下さい。」「乗せていったっちゃ良かですけど、私はまだ寄る所が、ありますから。」「ならあんたが寄り道する所迄でいいじゃなですか、乗せていって下さい。」「ちょっと俊子(としこ)を其処まで送って来にゃなりませんません。」
 「なら送っていかれるまで此処で待っとってもらますから。」まあそんなら送りましょう。まあしょうことの無しの様にしてから、まあ、乗せて行かれましたのですけれども。まなんでそう云う所が、高芝さん流と云うのでしょうかね、あのその時に例えばです私は思うたです。俊子(としこ)さんが、「お父さんあのどうぞ御送りして下さい。私はすぐ其処ですから、子供一人抱いて居りますけれども、私はここから歩いて帰りますから」と、そうすりゃよかと思ったが言わなかった。
 其処で今日私はその事をね、例えば少し成る程それは、此処からそこ迄でも送ってもらえれば楽なんだけれども、そりゃ例えば勿体無い。日田に行っとったんですから、此処で送ってもらうのは当たり前、まあ、当たり前ていうか、当然の事としてですね、此処からまた、そこまで送らせると云う事。「もうお父さん良いですよと、此処から其処まで歩きますよ」是れが修行なんだ。
 難しい事では無かろうが。此の頃からやはり俊子(としこ)さん、この前からずっと具合が悪い時に少しばかり修業すると云う気にならせて頂いたら、おかげを受けた。いわば修業の味わいと云うものを少し身に付けて来た。主人を送り出しました後はもう子供と2人で寝とったっちゃ、ころんどったっちゃ良か訳です。けれども是では主人にすまん、是れが修業、進めさしてもろうと思うて、ね。
 主人を送り出してからでももう、横になって寝らん様に、修行させて頂こうと思いましたら、その日から恵子(けいこ)ちゃんがおかげ頂いておる。是れは此の前のお届けです。今日もまた、やはりそういう修業の味わいと云うものが分かってるんだから、ね、例えば昨日先生は思うた。「昨日あんたがこっから其処まで、それこそお嬢様のごとしてから、其処迄でん歩かんち云う様な事はやめて、もうお父さん是れからはね。」
 しかも此の方が途中から乗られると云うのだから、「どうぞ、もう私は歩いて行きます」是れが、おせいさんに言うてもらわにゃ分かりません。もう一番下でそれこそ、甘やかされ放題で育っとるから分からなかった。「今日からはそう云う修業をさせてもらう」ち云うてから。お互いが楽が身に付きますともう楽な上に楽をしたく無くなって来る。信心させて頂く者はね、もう本当に一つさせて頂く楽でなければいけん。
 そこで楽はせんぞと云う様な修業があるのです。そう云う修業をさせて頂く時にです、そう云う修業に取り組む時にです、ふと自分の心の中に合掌したい様な心が沸いて来るので御座います。今日私は大変嬉しい話を聞かせてもろうた。今日はあの午後の4時の御祈念に合わせて、畑野(はたの)さんのお里のお母さんのお立日である。遠方から今あの、美恵子さんがみえて居られるから今日午前中にもお参りなって居られた。
 そして、大川のほうにありますお寺さんにお墓参りをなさった。そして帰りはあちらの名物である、草餅等を(    )等を買い整えて、お立日ですから、別に式年と云う訳でもないですけれども、四時の御祈念に合わせて、まあ玉串だけでも挙げて頂こうと云うので、兄弟そろうて4時の御祈念にみえられた。それで私はそのお供をさせて頂いて、畑野さんがお茶をなさいますから。
 あの献茶茶碗をだしましてね、お茶の。甘い(?)のお供えをしてあった。それから御餅をお供えして真ん中に、もうこれはもう大変立派な御茶碗です、萩の茶碗のね、それに乗せてお供をして頂いた。その時にですね、私お祭りを仕え終わらせて頂いて、控えでご御弟2人にお茶を差し上げながら聞かせて頂いたのですけれども。もう実は本当に母がね熱心に御道の信心をされて居られたんだけれども。
 その頃はもうそれこそ、まあ抵抗ばかりして、信心しようとしなかったけれど、自分が愈々やはり、其処に何か縋らなければ居られな様な時にやはり母が信心しておった、金光教の信心にご縁を頂く様になって、其処で二十年間、皆さん御承知の通り、毎日お日参りが続いて居ると云う程しの熱心な信心が出来られる様になった。もう一重に母親への、御霊様のお働きと言わなければ居られない。
 今日その、大川の方にお参りさせて頂いて、私たちもう何十年ぶりに、いわゆる自分の生家の頼み寺である所の、「何とか寺」にお参りになった。所が有難いですね。そのお母さんの立ち日であると言う事を和尚さんがちゃんと覚えて居られてですね、行かれる前にお墓に参って居って下さったと言う事。別に式年でも無ければ、年忌でもない。けれども、仏様を預かっている和尚様が、ね、
 そう云う預かっている仏様のお立ち日には、是れは畑野(はたの)さん所だけではなかろう、多く御霊様達のお立ち日をちゃんと、覚えておって、それを回向して回っておる。その事を聞かされて、まあ嬉しかった、有難かったと云うお話を聞きながら私は嬉しかった。今頃そんなお坊様は話は少ないですよと。お参りをしている私はお花も持ってい行っていなければ、お線香も持って行っていない。
 本当に不行届きですけれども、其れを頼み寺の御坊さんはちゃんともう何十年間なられるその、仏様のお墓に参っておって下さった。其処で、そこにあたらに近所に落ちて居る松葉を拾らって、その、松葉に火をつけて線香代わりに拝まさせてもらった。言うお話しだったですね、もう本当に心が清まる様なお話ですね。今頃珍しいお話です。私は今日はその、御霊様にご挨拶申し上げさせて頂いて居りましたら。
 今畑野さんがお供をなさった御抹茶茶碗が萩の茶碗でしたから、萩成る程承知でしょうけれども、中に「ほとり」と云うのが出ていますね。中に白く点々と点が付いている。それが浸かって行くうちに、黒くなって行く所ろ、白くなって行く所、丁度茶碗の中に蛍が、その泳ぐような、風に見えるからそれを「蛍焼き」とも言う。蛍と云う訳け。私が一生懸命、その御霊様に御挨拶を申しあげよりましたら、その今波多野さんがお供をされた、横しの茶碗の中からですね。
 その蛍がこうやって出て来る所を頂いた。蛍と言えば「霊光」だと仰る。私は波多野さんのお母さんが信心をなさると言う事は、早よ聞いて居ったけれども、それを忘れておった。ね。勿論その2人の真心が、御霊様に此の様な喜びを与えたのだろうと思って、此処に下って聞かせて頂いたら、なんと、お母さんは生前熱心な御道の信心をなさって居られる。心に光をもって、居られたお方であった。
 いわば「霊光 讃」として居られる御霊様であったと云う事。それを御話ししました先週、実は、私今日お寺さんにお参りしまして。和尚さんにお会いしてですね、その近所に、こう溝がこうあるんです。ですから和尚様この辺は蛍が飛びませんかと云ったら「いや、この辺の水は汚かけん蛍は飛ばん」と言われたけれど、その時にそう話した話とね、私は此処で皆さんに聞いて頂く話とがま一致したそれどころじゃない。
 なんとは無しに、神が宿っておった、親先生が湯飲みの中に此の様にして御働き、御引き合わせ頂いて居った事を感じていよいよ今日、御霊様へのご挨拶が御兄弟とも有難かった、私も聞いて有難かった奉仕をさせて頂いて有難かった。私共がささいな、例えば、真心、親を思う思いと云う様な物がです、その様に、あちらにもこちらにも、有り難い物を広げて行く世界。
 金光大神の世界と云う物はそう云う事だと思う。私の言うなら真心とか実意丁寧とか、此の方の道は喜びで開けた道だからと、どの様な場合であっても喜びで受けて行くと云う、そう云う心の状態がです、どの様にかその、その周囲周辺までも明るくして行く事か、有り難いものに通じているかと言う事を、感じます。教祖金光大神のいわば生きられ方、そのまが御道の脅威だ。
 その脅威を私共が身に付けて行く、と言う事が金光大神の生きられ方をです私共が身に付けて行くと云う事なのだ。其処でです今朝からの御理解、「物事時節を待たず、苦をする事。」と言う御理解であった。今日ある方が親子、親子と云うが御主人のお母さんと2人で参って見えられた。前からも何回か参って見えられた。それがもう本当に、映画、芝居で見たり聞いたりする様なその、悲しい事柄。
 その方にとっては大変苦しい事。もう本当に死のかちうごと苦しい事。もう子供さんは大学に行って居られる。所が最近主人が中々帰りが遅かったり、色々あるので、色々気を付けて居った所が、良か人が出来て御座るらしい。そこでまあ女の鋭い感とでも申しましょうかね、それを嗅ぎ付けてあちらこちらをその、所が突き止めた。やはりバーか何かの女の方だったらしい。
 先生昨日もちょっと主人の車の中を開けさせて頂きましたら、小さいヘアピンが落ちとった。まあ、私の心の中はもうそれこそ、燃えた上にたぎる様な心になってきた。いわゆる、女の嫉妬心なんでしょうね。そう云う時には主人の動きの全てがね疑わしく見えて来るわけです。自動車にヘヤピンが一本落ちとった。それで夕べからもう夜どうしに、寝らずに考えて、考え付いたのが主人の里のお母さんに聞いてもらうと。
 お母さんもそれを聞いてから「おどろ」として居られる。どう言うて「おそうなか」。ね、それはもう本当に此の人が段々、この頃痩せ細って行っておる、どうしでじゃろうかと会うたんびに思いよったが。こう云う悩みがあったからだと云う事がお母さんも分られた。ね。其処で親戚から言いもして、それこそ庭木を裂く様にでも良いからと言うて、引き裂いてでもそれを解決しなければ成らんと云う願いでお参りして見えた。
 けれどもね、私はその方にもう何でも良かでしたから申しました。それは、苦しかろうと思うと。もう本当に苦しかろうと、私も泣いて加勢しようごと苦しかろうと思う。けれどもね、此処で、そう云う例えば強行な事をしたからと云うて、三人三様に幸せになるかと云うたら成らんのだ。是れは、今朝から頂く御理解の様にです、例えば此のバスに乗れば幸せに成れると云うバスを待って居る様なものだ。丁度合楽の停留所の停車のバスを待って居る様なものだ。
 それを、来合わせたバスに乗った時がおかげであるけれども、心がイライラモヤモヤしておるから、もう待っちゃ居られん。そこで、常持まででも歩くちいうてから、あるきよる内にもう、もうそこにバスが来た様なものだ。手を挙げたばってん止まらない。それけんちいうて、常持までいってから、またまっとったばってん、またイライラするけんまた、また歩きよったらまた椛目のあい中で又自動車に追い越された、と云う様なね、一生を終わって居る人が世の中にどのくらいあるか分からんのですよ。
 人間の幸福とか幸せとか云う、神様が一様にお陰を下さると言う事は、幸せに成れれる、金持ちになれれる、地位名誉も頂けるような、チャンスを人間一生のうち必ずあると云う。その、チャンスを頂きそこねてしまうのだ。ね、今朝からの御理解「時節を待たず、苦をする事」。時節を待たずに一生乗り遅れ、乗り遅れでとうとう、人間の幸せまで得る事出来ずに、しまえていく。人間一生の内には様々な難儀な事がある。
 その、難儀な時、それはそれこそ歩いた方が良かろう様に衝動にかられる事があるけれども、其処ん所を信心辛抱させて頂いて、おかげを頂いて行く内にです、ね、車に乗せて頂けれる、目的につかせて頂けれると云うおかげが受けられる。ね、ああも云うたり、したかろうけれども、ね、けれども、此処ん所を一番、もうそう云う苦しい事を、里の例えば御主人のお母さんに言うて連れて来た所で何に成るか。
 今度参ってくる時は一人で参っておいで。苦しい時は此処に来て御取次を頂きなさい。御主人に云うちゃならん。そして、その間をです、バスならバスを待っておる間を、ただどうしておるか、どうしてまだ来んじゃろうかと云うて、言わずに、まあ言うならば、女の位があるなら有るものを出さしてもろうて、編み物のひとつでもさせて貰うとか、にんきょうな本を読ませて頂いている内にです、紛れて居る内に、おかげがやって来る。その考えがいらんと。
 今朝からの御理解の中にも、いわゆる「さるカニ合戦」じゃないですけれども、それこそ、食べるものも食べずして、お猿さんと、柿の種とおにぎりとを交換した。ね、お猿さんの生き方は是はもういよいよドライな生き方です。もうその時、今楽しゅうすれば良いと云う生き方なんです。所がカニの方は、中々理詰めがよかった。今食べるとを辛抱して柿の種と替えて、柿の種を植えた。目が出た。
 さあ木になれと願うた。木になった。さあ実になれと祈らせて頂いた。実がなった。どう云う結果になったか。実がなった。と思うたのも束の間、またその実の為に自分が命を落とす様な事に成ったではないか。世の中にはそう言う人がどの位居るか分からん。其処でです、私どもがおかげを頂かせて貰わなければならんと云うのは、いわゆる時節をまっておかげを頂く。
 是れには必ずおかげに成ろうけれども、その待っておる間を勉強の時間と思わせてもらい、待っておる間を、改まりの時間と思い、待っておる間を天地の通りを解からせてもろうて、今まで通りに合うた生き方をして居なかった事のお詫びをさせて頂いて、道理に合うた生き方そう云う生き方、いわゆる教祖金光大神の生きられ方と云う物を、その時期に覚えておくのである、その時期に体得しておくのだ。ね
 其処に丁度バスも来た乗らせて頂いた、目的地に着いたその目的地に着いたその事によっておかげを落とす様な事ももう無かろう。所が此の待っておる間にです、チャンスは掴んだおかげは頂いた、おかげで柿の実は実ったけれども、実った物のために命をおとさなけばならない。自分は食べる者も食べずして、それこそ、爪に火を灯す様な生活をさせて頂いて、沢山んな例えば巨万の富を築いたけれども、子供が孫がその為に難儀をはすると言った様な結果を世の中の人達は、平気で繰り返しておる。
 教祖金光大神は其処の所をね、教えられたのだ。教祖金光大神の生られ方と云うのはその、教祖金光大神の生きられ方を、私共がおかげ待ちをしておる間に身に付けて置こう、体得して置こうと云うのである。親先生の仰っしゃる通りにしておればおかげになる、と言われりゃその成れば成るでも、その間てれっとして参りよっては詰まらん。金光大神のその生きられ方をです。
 自分の信心生活の上に頂いておかねばならんと言う事。皆さんがこうやって月に四回のお祭りをね、御礼のお祭り御礼ですから、皆さんがお礼参りなさるわけです。さあ八時の御祈念に遅うならん様に遅うならん様にと、それで遅う成る方が殆んどですけれども、けれどもやはり心の中には早よお参りせにゃ、早よお参りせにゃと云うながら、やはりあれにひっかかり是にひっかかって結局、遅うなられる方が多いのでしょうけれどもですそう云う思いの中、そう云う合楽へ合楽へと自分の心が向こうておる。
 先日今度の佐田さん所の、お宅祭りに合わせて久留米支部の御大祭が、もうそれこそ大変有難い、真心一杯いのまあお祭りとでも申しましょうかね、本当に有難いお祭りが出来た。ね、そん時に私は御迎えに来て頂いた時に、神様に「只今から久留米にやらせてもらいます」と云うて、お礼を申させてもらいよったら、「神神のラッシュ」と頂いた「神神のラッシュ」。先程末永さんが前講を務めて折ります時に話しておりましたね、朝お夢を頂いた、何処でか火事があっておる。
 いわゆる末永さんそれから、光昭や幹三郎やら皆その、自動車に乗らせて頂いて消防自動車に乗らせて頂いて、火を消しに行くお知らせを頂いた。その後に吉井の杉さんがあの、皆さんもご承知でしょうか、大きな杉工場の奥さんですからね、杉工場の方に火が付いた。まあ燃えずに済んだから良かったけれども、一時はやはりサイレンが鳴って、消防車が集まって、ちょっと大変になろうとしかかった所をおかげ頂いた。
 だから、本当に神様がちゃんと、最近はある事から、熱心にお参りが出来る様に成った。ね、ある事を通して熱心に信心をさせておいて、ね、そう云う大難が掛かって来る所を、無難にお祭りがえ下さろうと云う働きを、感じずには居られません。おかげでぼやですんだ。その裏にはどう云う神様の働きが有って居ったか、それこそ神様になる稽古を本気でして居る、此処の修行生の方達がです。
 いわゆる消しに行っておると言う事は、もう言わば、神神のいわば精進であり、努力である、「神神様が、小さい小神様達が集まって、おっせおっせで、消されたと言う事でもあるのです。私佐田さんの所のお祭りに行く前に「神神のラッシュ」と言う事を頂いて、ラッシュの意味は私には分から無かったけれども、まあ神神が集まると言う事であろうかと思うたら、急ぐと言う意味らしいですね、それこそ急いでさあ今日は久留米地区の御大祭だ、佐田さん所の宅祭りだと、ね、
 御信者の方達が、佐田さんのお宅へお宅へと、皆が集まって来ておる。その集まって来ておるその心の状態、集まっておるその姿が、生神の姿だ。ね、「今日はいっちょ佐田さん方に参ってから、いっちょ意地悪こと言うちゃろう、なんかあったらいっちょけち付けちゃろう」ち云う様な人は一人もいませんでしょう、佐田さん所のお祭りのそのお徳に触れたい、佐田さん所の、日頃の信心を知っておる人達が。
 あちらの真心のお祭りを拝みたいといわば、急いでお祭りをしておる、お祭りに駆け付けておる姿が、神神のラッシュなんだ。ね、そう言う状態がですやはり、金光大神の境地とでも言うのでしょうか、そう言う心を、育てて行くと云う事。其処でお祭りに駆け付けさせて頂いた、御理解を頂いた、それこそ、一分一厘間違いの無い働きの中にそのお祭りが終了した。もう愈々お参りをさせて頂いている心は神様である。
 そう云う心の状態をね、育たせて頂こう云うのが、信心なのです。育てるためには肥料がいる。育てる為にはやはり、伸び過ぎておるものは剪定しなければならい。何本でも芽がでとるならそれをやはり、摘まなければならい。大きな開花をなすために。蹴られたから信心、神様じゃなかと云うてはならん。痛い事が起こったからと言うてどうしてかと云う事では、おかげにならん、その事が全部、自分の心の中に、ある所ろの生神の心をです、愈々それによって育てて行こうとする。
 精進がなされて行かなければ、しかもそれは日夜寝ても冷めてもそうなのである。自分が今思うている事を思わせて頂いて有難い、その自分が思って居る事有難い、その有難いその周辺にまだまだ、おかげと云う物があれもおかげ、是もおかげと分かって来る。自分は今、こんな事を思っている、神様すいませんと、お詫びをする心を、心を入れ替えて、次の思いに、替えて行くという精進がです。
 持ち合わされて行くと云う事は、これはてまひま要る事じゃない、自分の心がけ一つで、信心が出来るのが御道の信心だ。その心がけもせずしといてです、ね、金光様の御信心を体得したい、覚えたいと云うたって駄目なんです。今日そんな以来ある教会の総代さんがね、「此処はどうしてこんなにお参りが多いのでしょうか?」ち、私の見るにどうしてこんなに多いでしょうか、それは私に聞いたっちゃわからんでしょうね。
 したら丁度高芝さんが来なさって、高芝さんが、「それはですの、あなたがたの家の神様は死んで御座るですよ」て、もう、是は私が云うとではない、高芝さんが云わしゃった。もう、この近所の神様は皆死んで御座る、合楽の神様は生きて御座るち言いなさった。死んだ神様にお参りしたっちゃいくら信者がじたばたしたっちゃなんのおかげ頂くのち、その通りです。ね、
 だから生きて御座るからこそです、生きて御座るからこそ、心得を間違っておる時には叩きのめされるのですよ。ね、動いた電車に乗っておるから、乗って居ればいいのに、有り難い有り難いと言や良いいですけれど、言わんでする人はイライラしたりモヤモヤしたりしてから、飛び下りたりするから、怪我するんですよ。ちゃんと座っとる けんじゃないものそれこそ、皆を乗せて極楽行きに行きよる電車じゃもん。
 それを間違ごうて飛び降りたりするから、痛い思いをしなければならんのです。もう絶対ですどうしてじゃろうかじゃないです。それは此処の神様が来て御座る印なのですから。愈々信心を有り難く頂かせて頂くとにかく「此の方の道は喜びで開けた道だから喜びでは苦労はさせん」と言うのがです生神金光大神の信心の根底を成すもの。だからそう言う信心を実意丁寧神信心をもって神習わせて貰おうとする精進。
 教祖金光大神じゃなか、自分達もです、我と和賀心を日々拝めれる様なおかげを頂かせて頂く稽古をです、本気でして行かなければならんと言う事なのです。今日の10日というはそう言う、言わばお日柄なのです。教祖金光大神がえいせいの祭り日としてご存命中から我と和賀心を奉っておられてお祭り。そう言うお祭りが出来る様に、私共がならせて頂くこうとする姿勢をもって信心を進めて行かなければならないと思うので御座います。     どうぞ。